品質工学会 学生賞

2026年 学生賞

2026年4月8日
品質工学会 審査表彰部会

授賞の背景

 品質工学の持続的な発展を図るには大学など教育機関における品質工学の取り組み活動が重要である。品質工学会学生賞はこの活動を支援し,教育機関における品質工学の存在感を高めるための,優秀な学生の研究に対する賞である。
 応募された研究について審査表彰部会にて厳正に審査を実施し,下記の研究2件を2026年品質工学会学生賞に選定した。
 本賞は現時点の成果はもとより今後の研究の深化への期待も込めて評価している。受賞者には,研究をさらに進めてさらに大きな成果を上げることを期待する。あわせて受賞者が将来の品質工学を担う人材となることも期待する。

受賞研究

題 目 Improving efficiency through data selection for remote injection molding condition monitoring systems using the Mahalanobis–Taguchi method 他 
受賞者 工藤恵梧(埼玉工業大学大学院 工学研究科 機械工学専攻 博士前期課程2年)
指導教員 福島祥夫(埼玉工業大学大学院 工学研究科 教授)
研究の種類 学会誌投稿論文

題 目 エキサイテーションパターン変換した音モニタリングによる研削作業の自動良否判定に関する研究 他 
受賞者 岡安賢也(日本工業大学大学院 機械システム工学専攻 博士前期課程2年) 
指導教員 二ノ宮 進一(日本工業大学 教授) 
研究の種類 修士論文

研究概要と選定理由

応募者による研究概要および審査表彰部会による選定理由を以下に記す。
 
[研究題目]
Improving efficiency through data selection for remote injection molding condition monitoring systems using the Mahalanobis–Taguchi method 他 
 
[研究概要
 少子高齢化による技術者不足から、工場施設・機器の状態の効率的な状態監握技術が産業分野でも幅広く活用されはじめている。我々の研究対象であるプラスチック射出成形加工分野においても金型にセンサを取り付けて取得した信号を利用した状態監視技術の利用が重要視されている。その際、可能な限り安価で製造現場で人手不足を補う対応が可能なシステムと技術者が強く求められている。
 そこで、AIやIoTなどのデジタル技術を活用した製造を、射出成形で利用することで金型稼働状態監視が可能なシステム構築の検討を行い、事例を示すことで、人手不足に対応できる現場技術者の実践教育の一助となる情報を提供することを目的の一つとした。
 まず、低コストでの状態監視システム構築を目指して、製品品質に関係のある金型に将来的に熱電対を搭載することを想定して研究を行った。データの取得、可視化およびMEL法の適用による異常検知の判別をNode‐RedやPythonを用いて行った。その結果、温度計測・MT法の適用を用いた金型温度の異常判別が可能である事が示唆された。この結果から、本システムの状態監視機能の有効性と教育ツールとして利用の可能性を見出した。
 次に、金型温度の状態監視におけるもう一つの手法として、非接触温度計を用いた手法についても研究を行った。金型のキャビティ部分の周辺にザグリ加工を施し、黒体スプレーを塗布することで安定した温度計測を可能とした。その結果、非接触温度計を用いた金型温度状態監視の有効性、直交表による計測箇所選択によるシステムの効率の有効性が確認された。今後はカメラの低コスト化と汎用的なシステムによるリアルタイム解析システムの構築
が必要となる。
 直近の成果では、金型の構成パーツの一つであるエジェクタピンに加工を施し、熱電対搭載型ひずみゲージを貼り付け、成形中のデータを計測している。ショートショット発生時や保圧圧力・時間を変更した際に、温度とひずみに通常成形と比較して、変化が見られたため状態監視システムとして有効であると考え引き続き研究を行っている。
 
選定理由]
 本研究は、射出成形における金型状態監視を対象に、低コストのマイコン(Raspberry Pi等)やIoT技術を活用した遠隔状態監視システムの構築を提案している。プラスチック成形において製品品質に直結する金型キャビティ表面温度に着目し、非接触温度計とデジタル技術を組み合わせてデータの取得・可視化・解析の一連の枠組みを実装した点は、製造現場のDX化に向けた実践的なアプローチとして高く評価できる。 
 データ解析においては、MT法を導入してショートショット等の成形異常を検知するアルゴリズムを構築している。特に特筆すべきは、遠隔監視で課題となるデータ通信量や計算負荷の制約に対し、直交表を用いた項目選択を適用し、測定項目(データ量)を55%削減しながらも異常検知精度を維持した点である。品質工学の手法を「IoT実装の軽量化」という現代的な制約条件の解決に接続したアイデアは秀逸である。一方で、項目を間引くことがMTシステム本来の目的である「未知の異常への頑健性」を損なうリスクについての議論をさらに深めることで、学術的な説得力がより一層増すと考えられる。 
 産業応用の観点からは、少子高齢化に伴う熟練工不足が深刻化する中、安価な汎用デバイスを用いて現場が自律的に構築・運用できるシステムモデルを提示した意義は極めて大きい。多台持ちの監視業務を省力化し、中小企業でも導入可能なコスト感でDXを実現する具体的な道筋を示している。 
 全体として、研究の着眼点から実装、評価までのプロセスが極めて論理的である。さらに、これらの成果を継続的に学会発表するのみならず、第一著者として国際ジャーナル(IJAT)への掲載を果たすなど、その圧倒的な実績と発信力は品質工学を牽引する若手人材のロールモデルとして申し分なく、学生賞に強く推挙される。
 

[研究題目]
エキサイテーションパターン変換した音モニタリングによる研削作業の自動良否判定に関する研究 他 
 
[研究概要
 近年,生産現場では,労働人口の減少に伴い生産工程の自動化に注目が集まっているが,研削作業は,加工の善し悪しや異常等の判断を熟練技術者の経験則に依存する場面が多数あり,自動化が困難とされている。これらの判断にAIが有効であるものの,その判断の閾値が人間にはわからないことが多く,現時点では生産現場への導入が難しい。このような良否判定の閾値の見える化に,MT法が有効である。当研究室では,さまざまな音に着目し,これらの音をモニタリングしてMT法解析する手法を提案し,音声の話者認識,打音検査などに適用できることを示している。本研究では,人間の聴覚心理に基づくエキサイテーションパターン(Exctp)変換した音をモニタリングするMT法解析手法を活用し,研削作業の自動化に向けた良否判定技術を構築した。
 研削作業は,前作業のツルーイング・ドレッシングと,実際の研削の2つに分類できる。低石が摩耗したり,目詰まりを起こしたりして,研削が否となると,低石のツルーイング・ドレッシングが行われ,砥石状態を回復させる。切れ味が良好に回復した砥石で,再度研削が行われる。この一連の判定を音で自動的に行うアルゴリズムを提案した。
 まず,ダイヤモンド砥石のツルーイング完了の自動良否判定では,ツルーイング時の砥石援触音を集音し,ツルーイングが完了した音の特定周波数を単位空間として設定することで,ツルーイングの良否をマハラノビス距離(MD)で判定できることを明らかにした。MDの値によって音の見える化に成功し,ツルーイングの良否を音で自動的に判定できるソフトウェアの開発に繋げた。
 次に,ダイヤモンド砥石による研削では,上記判定アルゴリズムを利用して,研削時に発生する砥石と被加工材との接触音で自動判定を試みた。ダイヤモンド砥石で超硬合金等を研削し,研削音の特徴的な周波数帯域の音データを利用することで,研削の善し悪しが判定可能であることを明らかにした。
 このように,砥石ツルーイングと研削の両方について,同一アルゴリズムで砥石の接触音を用いて評価する技術は,研削作業全体の自動化に貢献すると期待できる。
 
選定理由]
 本研究は、自動化が困難とされてきたダイヤモンド砥石による研削工程を対象に、熟練技能者が「音」で行っている状態判断(ツルーイングや研削の良否)を自動化するシステムの構築を提案している。単純な音波形解析ではなく、人間の聴覚心理に基づくエキサイテーションパターン変換を前処理として導入し、機械に「熟練工の耳」を持たせようとするアプローチは新規性と工学的センスに優れている。 
 データ解析においては、正常な加工音を単位空間として定義し、MT法を適用することで、良否判定の基準をマハラノビス距離として定量化している。一般的なAIが抱える「判断基準がブラックボックス化する」という課題に対し、品質工学の手法を用いることで現場が納得できる明確な閾値(見える化)を設定可能にした点は、MT法の教科書的かつ効果的な適用事例として高く評価できる。 
 産業応用の観点からは、提案アルゴリズムを単なる理論検証に留めず、企業との共同研究を通じてPC版およびスマートフォン(Android)版の判定アプリケーションソフトとして実装まで完遂している点が特筆される。これにより、特別な知識を持たない作業者でも現場で即座に熟練工と同等の判断が可能となり、技能継承問題や省人化という製造業の喫緊の経営課題に対して直接的かつ即効性のあるソリューションを提供している。 
 全体として、実験計画からデータ取得、比較検証、ソフトウェア実装に至るまで、研究設計の筋が良く、修士論文としての論理性と工学的完成度は群を抜いている。「理論を現場で使える道具に昇華させる」という品質工学の実践的価値を体現した卓越した研究であり、学生賞に強く推挙される。 

お問合せ

学生賞に関するお問い合わせは,品質工学会事務局までお願いします。
  品質工学会事務局 金野(こんの) 

  ・ TEL (03) 6268-9355  ・FAX (03) 6268-9350